「困難からお逃げになるのか」
「困難ではない。不可能だ」
「困難と不可能とを見分けよと、師は言われなかったか。血が重く、迪(みちび)く者が多いほど、困難の度合いは大きくなる。我々は、常人には不可能なこともなしとげなくてはならないのだ」
「いっそ、私を殺せ」
「それも、逃げるということだ。旺廈(おうか)殿。そなたが旺廈殿と呼ばれなくなっても、その血は変わりはしない」
「旺廈の名を捨てることは、この血を裏切ることだ。雷鳥の紋を捨てることは、この血に恥ずべきことだ」
「違う。名前は文字でしかない。紋は布に描かれた図案にすぎない。私は自分のなすべきことのためなら、ススキの旗をこの足で踏みにじることもやってみせよう。薫衣(くのえ)殿、何が大事で何が小事か、考えてみよ。恥とは人にそしられることか、それともなすべきことをなさないことか」(同書 P77より引用)
沢村凛さんのひさびさの架空歴史もの。
『瞳の中の大河』に強く惹かれるものがあったので、今回はどういった作品なのかと思って手に取りました。
片山若子さんのカヴァー画が愛くるしいもんで、若者が主人公で希望に溢れた軽やかな感じの作品かしらとか思ってたんですが、主人公が若者ってところしか合ってなかったですよ……(汗)。
内容はとても重いです。
同じ血を引きながらも対立し合い殺し合う立場にある一族の頭領同士が国を守る為に困難な役割を担いつつ、同じ道を歩いて行く話なんですが、片方が圧倒的優位に立っているのかと思えばそうでもなく、対照的でありながらも補完的で緊張感のある関係にあるのが面白いです。
人々の上に立つ者に対して清濁合わせ飲む潔さを求めるのが著者の好みなのかな。
鳳穐(ほうしゅう)の頭領である穭(ひづち)も旺廈(おうか)の頭領の薫衣(くのえ)にしても血にまみれてなお根底の部分に残した清さの輝きが『瞳の中の大河』の主人公アマヨクに通じるものがあったと思います。
兄と妹、伯父と甥の関係が密なのも共通してますよね。
好みの作品ではあるのですが、一部の表現にちょっと引っかかるところがありました。
漢字表記が多いので古代日本をベースにした東洋風な架空の国を思い描きつつ読んでいるところで、地の文にさらっとカタカナ語が出てくるのは馴染めなかったです。
いやだって、大臣(おとど)とか宿直(とのい)とか中務(なかつかさ)とかの言葉が出てくるのに、ベンチとかシンメトリーとかチェックとかミスとかスキャンダルって違和感ないですか?
著者の語りには勢いがあるのでそれに乗って一気呵成に物語の流れに身を任せたいんですが、時折出てくるカタカナでちょっと冷めちゃうんですよね。そんなこと気にするのはワタクシだけですかそうですか。
あと、欲を云えば舞台である翠の国のことをもっと知りたかったなぁ。
歴史の大きな流れの中で個人が何を考えてどう生きたかを普遍的に描く為には、舞台となった土地を細部まで描写する必要はないのかもしれませんけど。
でもそういう部分が好きなんで個人的にはちょっと残念。
まぁ、国のことまでいちいち細かく書いていくと一冊には収まりきらなくなっちゃうんでしょうけど。
細かい文句をねちねちつけてますが、好きなタイプの物語です。
架空歴史ものがお好きな方にはお薦め。
あ、政略結婚ラヴがお好きな方にも是非〜。
瞳の中の大河沢村 凛

ところで、『瞳の中の大河』もこの作品も世間様ではファンタジーに分類されてるっぽいですね。
ワタクシの中では架空歴史ものとファンタジーは違うんだけどなぁ。