
『蒲公英草紙─常野物語』
恩田陸 著、集英社 刊
自分が幸せであった時期は、その時にはわかりません。こうして振り返ってみて初めて、ああ、あの時がそうだったのだと気付くものです。人生は夥しい石ころを拾い、背負っていくようなものです。数え切れぬほど多くの季節を経たあとで、疲れた手で籠を降ろし、これまでに拾った石ころを掘り起こしていると、拾った石ころのうちの幾つかが小さな宝石のように輝いているのを発見するのです。そしてあの幾つかの季節、あのお屋敷で過ごした季節が私にとってその宝石だったのです。
(同書 P7〜8より引用)
恩田さんの作品がいつもどこかノスタルジックなのは、過ぎ去った出来事を美しく切り取って語る手法が巧みだかならなのかなと引用部分を読んで感じました。
勿論、全てが美しいものだけで構成されている訳ではないのでしょうが、過ぎて行った時間を懐かしむ気持ちの中に甘さとほろ苦さが伴われているからこそ、その一瞬一瞬が鮮やかに思えるのかもしれません。
…って、何が云いたいのか自分でもよくわかりませんが(苦笑)。
内容に関しては下手に色々書くとネタバレしそうなのでちょっとだけ。
東北地方のとある集落の人々とその暮らし、そこで起こった事件がひとりの少女の視点を通して語られます。
峰子の柔らかな語り口がほのほのと優しい気持ちにさせてくれましたが、最後の方では時代の大きな変化に押し流されてしまう哀しみが語られていて切なかったです。
作中で真面目な書生が裏心無く本心から云った言葉、そしてその言葉の真の恐ろしさを悟っていた画家のやりとりを入れる辺りが著者の一筋縄ではいかない所以なのでしょうね。いやはや。
恩田さんの作品の全てを愛する熱烈なファンとはとても云えないワタクシですが、常野一族はやっぱり好きだなぁ。穏やかな佇まいと不思議を纏っていながら、ふうわりと心の中に入ってくるような人たち。
さて、春田一家の特別な能力と云えば「しまう」ことですが。
今回は「しまう」ことよりも、しまったものを取り出す事に重点が置かれていましたね。
光比古くんが皆の前でしまったものを取り出してみせたシーンには、もうまんまと泣かされましたよ……。他にも結構泣かせのシーンはありましたが、やっぱりここに一番泣かされたなぁ。
ラストはちょっとばかり座りがよろしくないかなぁと思わないではないのですが、常野一族に再会できた喜びが大きかったのでまぁいいかと。
また彼らに会える日を楽しみにしています。次は何年後だろうか(笑)。












