
『夜想』
谷瑞恵 著、集英社スーパーファンタジー文庫 刊
「大洋を征する時代と言いますが、森は未だ未知を秘めたひとつの意志です。そして狼卿の家系は、長い年月をかけて人と森との間に張られた結界。不用意に手を出してはいけないと、昔から信じられてきました。ここはいわば、帝国の腫れ物です」
大地が、身じろぎするような気がした。身体の中を駆ける血は、太古から続く森の気配。それは堅固に組み立てられ、磨き上げられてきた神の理論の隙間にはびこる雑草となって、地中で根と根をつなぎ合わせ、ただまっすぐに、天に向って茎を伸ばす。
意図などない、純粋な生命のエネルギー。欲でもなく徳でもなく、在りたいという願いだけ。
森と耕地、狼と人、その境界の葛藤を穏やかに馴らしながら、一族はこの土地を守り続けてきたのだ。伝説というよりは、もはや呪術に近い。
(同書 P132より引用)
亡き師の跡を継ぎ悪魔祓いを生業とする少女アンジェルは、ルビンスタイン侯爵からの依頼に応じて彼の居城を訪れる。
魔城と呼ばれるルビンスタイン城では先代侯爵夫妻と長男を巻き込んだ謎の惨劇が起こり、その事件の後に爵位と財産を受け継いだ現侯爵のフランツには悪魔と関わりを持ったとの噂が立った為、数々の縁談もまとまらないと云う。
彼はアンジェルに、悪魔の仕業と云われる事件の真相を解き明かせなければ自分と結婚するようにとの賭けを持ちかけ、彼女は不本意ながらもその賭けに乗らざるを得なくなるのだが……。
グリムやペローなどの童話のエッセンスやイメージを異教と魔物とキリスト教に結びつけて語った幻想譚的なロマンスと云った感じでしょうか。あるいは森と土と血の匂いのする残酷で美しい色彩を持ったおとぎ話かな。森の深い緑と城の中の闇、そこに浮かび上がる赤いドレスと狼の毛皮の銀色。
なんとも印象的なイメージがふんだんに散りばめられた物語でした。
「魔女の結婚」シリーズはキャラクターで読ませるタイプの話だと思うのですが、こちらは舞台装置や謎で興味を引いていくタイプの物語かと。閉じられた空間の中での濃密な空気の描き方が非常に好みでした。
深い森の中にある、魔物や幽霊が現れる「魔城」とそこで起こった惨劇。真意がどこにあるのかわからない城の主と謎めいた住人たち。狼の花嫁となる令嬢、自分を魔物だと信じる少年、心に深い傷を負った為に人との関わりを拒み、孤独と寄り添うようにして生きてきた少女。
森と闇の中で織り成される妖しい世界が登場人物たちのみならず読み手をも絡め取っているのでしょうか。現実と夢幻の境い目すらあやふやにしてしまう語りには眩惑させられてしまいました。
作品世界の静謐さにも非常に心惹かれます。
シリーズにはなりにくいとは思いますが、またこういった雰囲気の作品を書いて欲しいなぁ。
入手困難本のようなので復刊を熱望します。












